これは1883年のお話です♪
石井忠亮(いしい ただあきら)という身分の高い官僚がいました。彼は、ヨーロッパや上海などへ視察に行き、電話の存在を目の当たりにするのです。
やがて、政府にある提案をもちかけました。
「海外は凄い事になっている。日本も早く電話を普及させた方が良い」
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政府もこの提案を受け入れ、石井は日本国営電話事業の創始者として、「東京 ー 横浜」間で、日本初の電話サービスをスタートさせたのです。(1890年) NTTの礎になっています。
当時は電話の費用が凄く高かったので、
よほどのお金持ちや、地位の高い人でなければ設置する事ができませんでした。
加入者も少なく、電話番号も申込み順で決めていたそうです。ちなみに、設立時の加入者数は197人いました。
この時、大隈重信が申し込んだ時が177番目だったので、電話番号も「177」となりました^^ ちなみに、158番が渋沢栄一。 247番目が後藤象二郎。 248番が前島密です。
追記!
現在、電話に出る時、「もしもし~」 といいますが、これは「申します、申します」という単語を略した言葉なのだそうです。
ちなみに、電話サービスを開始する前のテストでは、”もしもし” ではなく “オイオイ” といってたそうです^^。
それに対しての返事が、「ハイ ヨウゴザンス」でした。 ← 時代ってやっぱり素晴らしい( ^-^)/゛
著者出川 雄一(ツイッター) 障がい者の工賃を高める仕組み(福祉資本主義)を考え、実践しております。主に点字名刺・点字印刷・ハンドメイドなど。障がい者ブランド(ココリティ)の活動も行っています。
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