物事の本質を追求しなければ、障がい者雇用を成し遂げる事ができないのではないか(ノ^-^)ノ そう考えた泰淳さんは古代ギリシャの哲学者、ソクラテス(紀元前469 – 紀元前399)さんについて勉強してみました。
昔むかし、神様の意思を巫女を通じて知らせていた時代がありました。そのお告げは絶対的なもので、人々はその言葉に従う風潮があったそうです。
ソクラテスの友人は巫女に対して聞きました。
一番賢い人間は誰ですか? すると、その巫女は答えます。
「ソクラテス以外の賢者はいない」
その話を聞いたソクラテスはビックリするのです。
「俺は賢者なんかじゃねーよ!でも、神様のお告げだから間違えるはずがないよなぁ」
そこで、ソクラテスはアテネの賢者だといわれている3人に話を聞くのですが、どの人物も、「俺は賢い人間だ」といい放つありさまです。しかし、質問を繰り返していくうちに、その賢者も肝心なところで言葉がつまり、答えられない事が多々ありました。
ソクラテス
自分の事を賢者だと思っている人が多いようだけれど、あまり物事の本質を理解していないようだ。 しかし、私は自分が無知だということを知っている。神様のお告げ通り、彼らよりは賢いのかもしれないな。
無知だという事を知っている → 無知の知
自分自身が無知だという事を知っているからこそ、より学問に励み、物事の本質を追求する事ができるのでしょうね。
しかし、ソクラテスはこれらの賢者たちに訴えられ、この世を去る事になってしまうのです・・・ 「悪法も法なり」 ← この言葉にはどのような意味が込められているのでしょうか?
やがて、神様のお告げが本当だったと確信すると、「徳」 という概念を大衆に訴え、次第に評判を得る事となります。しかし、他の賢者達はソクラテスの行動を面白く思いません。
他の賢者達
「ソクラテスちゃんは、国家が信じる神とは異なるものを信じ込ませようとしている!」 ← このような理由で裁判にかけられてしまうのです。
この裁判でソクラテスが語った言葉がこちらです。
「私はみんなの事が大好きだ。しかし、私は皆に対していいたい事がある!財産や栄誉のみを求めるだけで、自分の心を高めようという気持ちを少しも抱いていないではないか。 その情熱を自身の魂に注ぎなさい」
徳を辞書で調べてみると、
「人間の持つ気質や能力に、社会性や道徳性が発揮されたもの」 と書かれていました。
ソクラテスは財産よりも徳を大切にしなさいと訴えたのです。
500人の市民はソクラテスに死刑を言い渡し・・・
「たとえ悪い法律であっても、それが法律であれば従わなければならない = 悪法も法なり」 ←この言葉を残し、世を去ったとされています。
賄賂を渡せば逃げる事も可能でした。
しかし、「自分に都合の良い時だけそれを享受し、都合が悪くなったら無視をする! このような考えでは駄目ではないか?」 このような正義を貫いた人物として語り継がれているのです。
ソクラテスのお気持ち、わたくしめが受け継がせて頂きますm(__)m
著者 出川 雄一(ツイッター) 障がい者の工賃を高める仕組み(福祉資本主義)を考え、実践しております。主に点字名刺・点字印刷・ハンドメイドなど。障がい者ブランド(ココリティ)の活動も行っています。
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