ダンカンさんといえば、ビートたけしさんがつぶやいたとされる、
「ダンカン馬鹿野郎」 が有名です(笑)
しかし・・・
たけしさん
「俺、ダンカン馬鹿野郎なんて、今まで言った事ないよなぁ?」 たけし軍団に対して、疑問を抱きながらつぶやいていたそうです。
実はこれ、松村邦洋さんが勝手に作ったセリフでして(汗) 物まねを練習していくうちに、この名せりふを誕生させてしまったとの事でした。(松村談)
そんなダンカンさん。
もともと、立川談志師匠のお弟子さんで、立川志の輔さんの兄弟子にあたる人物だったのです。その時の高座名こそが、
立川談かん
だったのです。
立川流は面白い制度が存在していました。
Aコース プロの落語家を育てるコース
Bコース 芸能人が入会するコース(ビートたけし・上岡竜太郎 など)
Cコース 素人が入会するコース(落語家にはなれません)
もともと、ダンカンさんはAコースに入会しましたが・・・
「たけし軍団にどうしても入りたい」
という希望が叶い、1983年にたけしさんの元へ。(ふんころがしという芸名で活動していました) その後、談志さんの許しを得て、ダンカンに名前を戻し、Bコースに再入会する事となるのです。
Q どうして立川談かんさんという名前になったのでしょうか?
残念ながら、細かな理由まではわかりませんでしたm(_ _)m しかし、二つの説がありましたのでご紹介いたします。
1606年頃に成立したシェイクスピアのマクベスという戯曲。ここに登場するのがダンカン一世(スコットランド王)という人物です。
1039年、イングランド北部の侵攻に失敗したダンカン一世。従弟のマクベスに暗殺され、王位を奪われてしまいます。談かんという名前は、このマクベスに登場するダンカン一世が関係されているのではないか?という説です。
もう一つの説
戦後初めて日本にやってきたハリウッド・スター(だとされていた) ケニー・ダンカンからとったのではないか?というものです。
ケニー・ダンカンさんは、西部の拳銃王という肩書で1951年に来日。アメリカではB級俳優でしたが、日本では大スターという設定に仕立てられ、人気者となりました。 この人物が関係しているのではないか?という説です。
今日のそうだったのか!
ふんころがしさんってダンカンさんだったのですね。へ~(^^)
著者 出川 雄一(ツイッター) 障がい者の工賃を高める仕組み(福祉資本主義)を考え、実践しております。主に点字名刺・点字印刷・ハンドメイドなど。障がい者ブランド(ココリティ)の活動も行っています。
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