視覚障がい者の方が通う特別支援学級(盲学校)では理療科という科目が存在し、「あん摩」・「マッサージ」・「指圧」・「はり」・「きゅう」などを勉強するコースがあるのです。
たとえ目が不自由であったとしても、視覚障がい者の方が自立できるための教育が受けられる仕組みになっており、ここで取得した武器を活かすことで、社会で働く事ができるというわけです。
う~ん・・・ ここで疑問に思ったぞ∑(´□`/)/
どうして、盲学校でこれらのものを学ぶのでしょうか?
その理由の一つに、江戸時代に活躍したある盲人が、目の不自由な方に対して鍼(はり)や按摩(あんま)などの教育を施し、盲人の職業として定着させたことがあげられます。
ある盲人とは・・・
杉山和一(すぎやま わいち) (1610? - 1694) という人物です。
この杉山さんが江戸時代に、”杉山流鍼治導引稽古所” という施設を立ち上げ、盲人たちに鍼(はり)などの技術を身に付けさせたのです。
つまり、視覚障がい者の方が働ける環境を作った人物として知られているのです。
視覚障がい者 = 按摩(マッサージ)のお仕事
視覚障がい者 = 鍼のお仕事
江戸時代で確立されたこの方程式
今日に至ってもこの流れが続いており、視覚障がい者の方が働ける環境として現在でも根付いているのです。
盲学校では、視覚障がい者の社会的自立の為に、これらのものを教えているのです。杉山さんの理念を受け継いでいるといっても過言ではありません。
では、杉山和一さんとはいったいどんな人物だったのでしょうか?
若い頃、頭も腕も悪かったために、師匠から破門を突きつけられてしまうのです。詳しくは次のレポートでご紹介させていただきます。
著者 出川 雄一(ツイッター) 障がい者の工賃を高める仕組み(福祉資本主義)を考え、実践しております。主に点字名刺・点字印刷・ハンドメイドなど。障がい者ブランド(ココリティ)の活動も行っています。
福祉情報97へ 世界初!視覚障がい者の教育施設を作った杉山和一とはどんな人だったのですか?
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